人工膝関節置換術とは、傷ついた膝関節を、関節の代替として働くインプラントと呼ばれる人工膝関節部品に置き換える手術です。通常、医師は特殊な精密器具を使って大腿骨、膝蓋骨、脛骨の3カ所の骨の損傷面を取り除き、そこへ代わりのインプラントを固定します。
大腿骨面は、元の骨とほぼ正確に一致する丸みのある金属コンポーネントと置き換えます。脛骨面は、金属コンポーネントとなめらかな超高分子量ポリエチレン製のコンポーネントと置き換えます。
この超高分子量ポリエチレンのコンポーネントが軟骨の役目を果たします。膝蓋骨の裏面も、同じポリエチレン製のインプラントと置き換える場合があります。
使用するインプラントは障害の程度によって異なります。
程度が比較的軽い場合は骨の表面だけを削って置き換えますが、膝関節の破壊が進み、障害が著しくなると、複雑な膝関節部品が必要になります。
MIS(エム・アイ・エス)とは、筋肉や軟部組織(皮膚等)への負担をできるだけ最小限にする新しい人工膝関節置換術のことです。
皮膚切開をできるだけ小さくすることで、痛みの軽減や術後リハビリの早期開始、早期退院、そして早期社会復帰をめざしています。
※症状によって個人差があります。
従来の手術に比べ小切開手術は約半分の傷跡で、場所も目立ちにくくなります。
一般的な手術方法では15cmから20cmもの大きな皮膚切開を行い、筋肉を大きく切り開きながら骨に達して、人工膝関節を設置しています。患者さまの関節の変形の程度にもよりますが、MIS手術は、8cm~12cm程度の皮膚切開で従来と同じ人工膝関節の手術ができるという画期的な方法です。
※この手術は執刀医の視野や操作も制限されるため、すべての患者さまに適応できる手術ではありません。
小さく切開するので軟部組織(皮膚など)や筋肉の負担も少ないため痛みの軽減が期待できます。
また、手術後の痛みも少なく早期に歩行訓練を開始できるので、車椅子、歩行器、松葉杖のいずれかを使って、自力でトイレや洗面に行くことが可能になります。
MIS手術では筋肉や軟部組織への負担が少ないことから、リハビリを早期に始めることができ、2週間程度で退院(早期退院)が可能です。従来の手術を受けた場合と比べて、早く普通の生活に戻ることが期待できます。院内感染などの合併症を引き起こさないようにするためにも、入院生活は短いほうがよいといえるのです。
当院の採用するナビゲーションシステム支援による人工膝関節置換術では、
(1)より正確で安全な手術 (2)被爆の回避 (3)より安全なMIS
が実現できます。
コンピューターや赤外線CCDカメラといった最先端の技術を利用して膝関節の様々な計測を行い、患部の状況を1°/1mmの単位で画面に表示します。専用器械を用いれば計画通りのインプラントの設置のための正確な骨切りや靭帯バランスを実現することで、執刀医に正確で安全な手術を可能にします。
ナビゲーションには、CT画像や術中のレントゲン画像を利用したイメージベースドナビゲーションと、画像データを利用しないイメージフリーナビゲーションがあります。イメージベースドナビゲーションでは必ず画像データが必要となり、そのためのレントゲン撮影が行われます。
当科で採用しているイメージフリーナビゲーションでは画像データを一切必要とせず、赤外線による手術中の計測からプランニングを行うため、レントゲン撮影がなく被爆を回避することができます。
人工膝関節置換術における両システムの計測精度には、差はありません。
MISは、皮膚切開をできるだけ小さく行うため、患部の観察や処理が従来の方法に比べ困難です。ナビゲーション支援により、皮膚切開の大小にかかわらず、患部の状況を正確に把握することができます。
また、MIS用専用器械を使用することで、より安全なMISを実現できます。
当イメージフリーナビゲーションシステムは、ドイツで開発され、ドイツ国内でも実績をあげています。
インフォームドコンセント
手術前に、医師からインフォームドコンセントと呼ばれる資料を使っての説明があります。
インフォームドコンセントの主な内容
※合併症など
麻酔のリスク、感染、深部静脈血栓症、肺塞栓症、出血ならびに輸血のリスク、関節可動域制限、ゆるみ、骨折、金属セメントアレルギー など
手術の前に、必要な検査を受けます。服用している薬があれば必ず病院のスタッフに伝えてください。手術前日は21:00以降の飲食ができなくなります。
手術のための血液、尿、心電図、心臓超音波検査(心エコー)、胸部X下肢線、下肢エコーによる深部静脈血栓チェック、人工関節アライメント計測用CT、活動性評価
当日、腕に小さなチューブ(静脈ライン)を挿入します。このチューブは、手術中に抗生物質やその他の薬を投与するのに使います。
手術室に入ると麻酔が行われます。麻酔には全身麻酔と局所麻酔があります。
膝の皮膚を切開し、損傷骨を切除してインプラント(人工関節)を骨に固定します。膝が良いバランス状態で機能するように、膝のまわりにある靭帯も調節します。インプラントがしっかり固定され、十分に機能することを確かめてから、切開した部分を縫合します。
手術したところから自然に生じてくる液を外へ流し出すために、専用の排液管(ドレーン)を傷口に挿入することがあります。その後、傷口を滅菌包帯でおおい、回復室に移ります。
手術にかかる時間はおよそ1~3時間で、個々の状況によって変わります。
※輸血について
手術中および手術後には、輸血を必要とする可能性があります。
手術の前に自分の血液を採っておき、手術後にそれを輸血する方法(自己血輸血)や、手術中に出血した血液を専用の器械でろ過して、体内に戻す方法などをとる場合もあります。
ドレーンチューブから膝関節内にトランサミンなどの止血剤を入れて止血をするドレーンクランプ法を最近は用いており、出血量が減少してほとんどのケースで輸血が不要となっています。
麻酔が覚めてくると、ゆっくりと意識が回復してきます。持続的に痛み止めの薬が神経周囲に注入される持続的神経ブロック・持続的静脈ブロックと、膝関節周囲に麻酔薬を浸潤させる多剤カクテル浸潤麻酔などを組み合わせて、術後の痛みを大きく軽減できるようになっています。
完全に麻酔が覚めたら、病室へ戻ります。手術直後は頻繁に血圧や体温を測ったりします。
血栓予防の後凝固剤投与も行います。
関節の安定を保つ役割を果たしている筋肉や腱は、動かさないとすぐに弱ってしまいます。
リハビリを行うことによって、筋肉を強くし、また、術後の拘縮(固まって動かしにくくなること)を防いで、早く日常生活に復帰することができます。
基本的に手術の翌日~4日目までにリハビリを開始します。理学療法士が最適な運動を行えるようサポートしてくれます。
病室で
リハビリ訓練室で
膝を伸ばしたまま、ベッドに座ることができます。膝の経過が良好であれば、CPMを使って、ゆっくり膝を曲げ伸ばしします。
ベッド上で足に力を入れるなど簡単な運動を続けます。この頃には、看護師や理学療法士の介助で車椅子に乗ったり、手洗いに行けるようになります。
退院は、患者さまそれぞれのリハビリの進行具合を見て決定します。目安として、T字状歩行・階段昇降ができたら退院することができます。
症例により個人差はありますが、おおよそ2~4週間程度です。
ほとんどの患者さまは、手術後3週間以内に杖を使って歩くことができます。
手術後数カ月までには、車を運転できるぐらいまでに回復します。
退院後2週間で歩行時の痛みが解消します。
インプラントの脱臼を防ぐため、以下のような制限があります。
これらの制限を除けば、通常の日常生活にはほとんど支障がありません。散歩やショッピング、旅行、ハイキングなど、手術前には膝関節が痛くて楽しめなかったことでも、手術後には楽しむことができるはずです。水泳やゴルフ程度の運動もできます。
個人差はありますが、海外の学術文献によると95%の人が10年から15年以上の長期にわたって、インプラントを維持できているとの臨床結果が報告されています。最近のインプラントは、製品の研究も進み、さらに優れた臨床結果も期待できるようになってきました。インプラントを長持ちさせるために以下の事柄に留意し、あまり無理をせず、新しい関節と上手に付き合っていくことが大切です。
膝を伸ばした状態が0°とすると、入院中は120°を目標にリハビリテーションを行います。退院後は、手術前の状態により個人差はありますが、130°以上曲げられるようになった患者さまもたくさんいらっしゃいます。