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生活習慣、薬や病気、辛い記憶など、眠れない理由は人によってさまざまです。
丁寧な問診に基づいて患者さま一人ひとりに合わせた治療を行います。

不眠症の治療は問診からスタート

睡眠障害は、眠れない、寝すぎる、急に寝てしまう、昼間に眠くなるなどさまざまな症状がありますが、精神科の外来で睡眠障害を訴える方の多くは、「眠れない」いわゆる不眠症で受診されます。不眠症には、寝付けない、夜中に目が覚める、早くに目が覚めてしまう、ぐっすり寝た気がしないなどさまざまな症状があります。
治療は問診から始まります。不眠症の原因が多岐にわたるため、体の状態や飲んでいる薬を確認するのはもちろん、睡眠、食事、飲酒や喫煙の習慣、成育歴などについてもくわしく伺います。また、トラウマの原因となるような体験があるかも確認します。辛い記憶によって生じた心の傷は放っておくと悪夢の原因となります。悪夢をたびたび見ると覚醒水準があがる過覚醒という状態になり、眠れない原因になるのです。

原因に合わせたさまざまな治療

不眠症の治療法は原因によって異なります。たとえば薬が原因ならば減量か中止を主治医と相談します。病気が原因と考えられる場合は、該当する診療科に検査や治療を依頼します。
心理的な要因や生活習慣が原因であれば、まずは生活習慣を見直すため睡眠・覚醒リズム表を使用します。この表は、何時に寝て、夜中何回起きて、朝何時に起きたのか、昼間何をしていたのかなど、患者さま自身に毎日記入していただきます。書かれた内容を医師と一緒に見直し、睡眠を妨げている原因を検討して、改善していきます。
生活習慣を改善しても眠れない場合、睡眠制限法を試してもらいます。眠れない人の多くは、布団の中で何とかして寝ようとがんばってしまい、かえって不安や緊張感が高まり眠れなくなっています。睡眠制限法では、5~10分で眠れなかったら布団から出てしまいます。そして、眠くなったらまた布団に戻るということを根気よく繰り返します。布団の中で眠れずに悶々と過ごす時間を減らすことで、不安や緊張感が軽減して次第に眠れるようになるのです。

薬には副作用があることを忘れずに

眠れないことに対する苦痛が強い人や、他の精神疾患があり眠れないことが病状に悪影響を及ぼす場合は睡眠薬を処方します。睡眠薬は依存性も含め副作用があるため、できるだけ使わないようにしています。睡眠薬に限らず精神科で扱う薬は、法律で規制されているものがあります。依存性や習慣性があったり、アクチベーションシンドロームといってイライラしたり怒りっぽくなったりすることがあるので、慎重に処方しなければなりません。
市販されている睡眠改善薬の主な成分はアレルギー治療に用いる抗ヒスタミン薬です。脳に作用しやすく眠気を起こしますが、特に高齢者の方はせん妄を起こすことがあります。また他の市販薬のなかには海外では販売が禁止されている依存性の強いものもあり、いずれもお勧めできません。
日本睡眠学会のサイト※には睡眠障害に関するガイドラインがありますが、こちらを参考にして自分なりにいろいろ試してみて、改善しないからといって市販薬を用いるくらいなら精神科を受診いただくほうが良いと思います。
https://jssr.jp/basicofsleepdisorders

年齢とともに睡眠は変化します

不眠症が原因で当科を受診されるのは高齢の方が多いのですが、皆さまにお願いしているのは昼寝は1時間以内ということと遅寝早起きです。睡眠時間が短くても病気になったり命にかかわることはありません。無理に寝ようとしないほうがかえって眠りやすくなります。年をとって寝つきが悪くなり、眠りが浅く短くなるのは、誰もがたどる道です。若い頃のように眠れないのは当たり前なので、自然なこととして受け入れたほうが良いと思います。
現代は、さまざまな快眠・安眠グッズがあふれていて、眠りを良くしなければならない、眠りが良くないのは悪いことというイメージが浸透しています。そのため、年をとったことで訪れる眠りの自然な変化に対しても知らず知らずのうちに不安や怖れを抱きやすくなっています。そういう社会や文化の中で生きていることを認識すれば、余計な薬を飲まなくて済むし、無理に病院に行く必要もなくなるのです。

心の病や精神障害はまだまだ人に打ち明けにくく、精神科を受診することに不安や怖れがあると思います。しかし、人間誰しも悩んだり落ち込んだり、不安になったりするものです。誰もが心の病にかかる可能性があると多くの人が理解することで、障害のある人にとっても生きやすい社会になってほしいと思っています。

プロフィール

大石 智 (おおいし さとる)

大石 智 (おおいし さとる)
精神科部長

1999年3月 北里大学医学部卒業、1999年4月 北里大学東病院精神神経科研修医。2001年4月 駒木野病院精神神経科、2003年4月 北里大学医学部精神科学助教、北里大学東病院精神神経科勤務、2017年4月 北里大学東病院精神神経疾患医療センター長代理。2019年1月 北里大学医学部精神科学講師、北里大学東病院相模原市認知症疾患医療センター長、2020年4月 北里大学病院相模原市認知症疾患医療センター長、北里大学看護学部・大学院看護学研究科兼担・兼任講師、2022年4月 北里大学大学院医療系研究科兼担・兼任講師。2025年4月 北里大学北里研究所病院精神科部長。
主な著書:認知症のある人と向き合う:診察室の対話から思いをひきだすヒント 新興医学出版社 2020年10月、教員のメンタルヘルス-先生のこころが壊れないためのヒント 大修館書店 2021年4月。