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ゆるやかな糖質制限の提唱者として、情熱をもって治療と研究に取り組んでいる糖尿病センター長の山田悟医師。完璧な治療効果を求めて患者さまに我慢を強いるのではなく、患者さまの幸せを考える視点も大切ではないか、と語る山田医師に、糖尿病治療にかける思いを聞きました。

3人の恩師との出会い

――糖尿病専門医をめざすようになったきっかけは?

人の役に立っていることを実感できる職業に就きたいと医師の道に進みましたが、最初から糖尿病に関心があったわけではなく、広く診察できる診療科を選択しようと考えていました。糖尿病を専門にしようと決めたのは、研修医3年目に在籍していた病院で出会った、3人の糖尿病医の影響があります。

1人目は、当時まだ仕組みがよくわかっていなかった治療薬を飲んだ患者さんの変化から、脳内に薬の受容体があるはずだとおっしゃっていた松岡建平先生(現 東京都糖尿病協会顧問)です。
その後、まさにその通りの研究論文が発表され、真摯に患者さまを診察している臨床医は、研究者に勝るとも劣らない視点をもっているのだと、驚かされました。

また、2人目の先生は、「患者は病人として生きているのではなく、一人の生活者として生きている」という考えを教えてくださった渥美義仁先生(現 東京都糖尿病協会会長)です。患者さまが社会で生きていくためにどう治療するのかを追求しなければ、糖尿病治療にはならないという渥美先生の教えは、私の人生に大きな影響を与えています。

そして最後は、循環器内科の道に進むもうかと悩んでいた私に、「情熱こそが糖尿病医に求められるいちばん重要な資質なんだよ」といってくれた島田 朗先生(現 埼玉医科大学教授)です。
昼はひたむきに1型糖尿病患者さんのベッドサイドに寄り添いつつ、夜になるとその病気の根治を目指して基礎研究をなさる島田先生の姿勢は、まさに糖尿病医は情熱家でなくてはならないと感じさせてくださいました。

3人の教えや言葉は、当時の私には新鮮で「こんな医療ができる、魅力的な先生たちが進んだ糖尿病という分野で自分も働きたい」と感じ、3年目の終わりに糖尿病医になることを決めました。

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医学としての正解ではなく、医療としての正解を

――なぜ食事療法に関心を?

糖尿病治療では、「食事療法を守れない患者を指導する」と考え、医師が教師で患者は生徒のような関係性になりがちです。しかし、私が糖尿病専門医になったばかりの頃に参加した研究会で、「医師が何もかも禁止する指導では患者の心が折れてしまい、治療からドロップアウトしてしまう。大切なのは、いかに患者の心に寄り添うことができるかだ」といわれました。

患者さまに寄り添うためには、まず自分自身が指導していることを実践してみなければいけないと考え、糖尿病学会が指導するカロリー制限食を試してみました。すると、私も守れなかったのです。医師も実行できない食事療法を、患者さまに指導していたことにショックを受け、このままではいけないと考えるようになりました。

――糖質制限に注目した理由は?

食事療法を模索し始めた頃、ある患者さまのひと言に衝撃を受けました。

とても厳しいカロリー制限を守って頑張っていた方でしたが、ある日、喜寿のお祝いがあったことを教えてくれました。周囲がお祝いのフルコースを食べているのに、自分はワンプレートだけの制限食にしなければならなかったというのです。

「なんで僕は、自分の家族と一緒においしいものを食べることが許されないんでしょうか。くやしいですよ、先生」。返す言葉もありませんでした。

その方は血糖の管理も非常に良く、医学的には正しい生活だといえます。しかし、その医学的に正しい食生活は、彼の人生を傷つけているのではないかと考えたとき、医学的な正解と医療としての正解にはかい離があると感じました。

私たち医師は、医療としての正解を求めなければいけません。たとえ100点満点中90点の治療効果に下がったとしても、それが患者さまの幸せに結びつくのであれば、よしとすべきではないでしょうか。

それから、カロリー制限食以外の食事療法を模索しました。2008年に「カロリー制限よりも糖質を制限し、カロリーは無制限という食事のほうが減量効果は高く、血糖管理、脂質改善効果も優れる」という論文が発表され、これこそが求めていた、患者さまのための食事療法だと確信し、治療に取り入れることにしたのです。院内にある「レストランつくし※」で、私が監修した低糖質ランチコースや低糖質スイーツを提供しているので、関心をお持ちの方は、ぜひ実際に召し上がっていただければと思います。

(※レストランつくしは平成30年3月23日(金)をもって閉店致します。皆様には長い間ご愛顧賜り、厚く御礼申し上げます。)
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食事療法の確固たるエビデンスを

――「ゆるやかな糖質制限」の意味は?

インスリンが一般的ではなかった1920年代の糖尿病治療では、糖質制限が当たり前とされていました。ただし、この時代の糖質制限は「一切の糖質を口にしてはいけない」という極端なものでした。

私は、糖質制限によって患者さまの生活の質を高めたいと考えています。理想的な糖質制限とは、日々の食事の中で、ご自分では糖質を制限しているとは思わないけれど、実際の血糖上昇は問題のないレベルに収まるもの。つまり、食べている側がはっきりと制限を自覚できるようなレベルではない、「ゆるやかな糖質制限」なのです。

ゆるやかな糖質制限であれば、カロリーを気にすることなく、肉や魚はもちろん、蒸留酒やワインといったアルコールも口にすることが可能です。低糖質のものであれば、パンや麺類、スイーツも問題ありません。実際に、多くの患者さまから「諦めていた食事をとることができる」という声もいただいています。もちろん、生活の質だけではなく、薬物療法における薬剤の使用量が減るなど、治療効果も確認できました。

――今後の取り組みについて

日本における食事療法の研究は発展途上の段階です。糖質制限については、当院で実施した研究を論文化しており、他の病院でも研究が進みつつありますが、それでも非常に小さな規模です。より有効な食事療法を提案するためにも、当院をはじめ数十件の医療機関が共同で研究し、確固たるエビデンスが発信できる体制をつくりたいと考えています。

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プロフィール

山田悟(やまだ さとる)

山田悟(やまだ さとる)
医学博士。副院長、内分泌・代謝内科部長、糖尿病センター長。
1994年、慶應義塾大学医学部卒業。糖尿病専門医として多くの患者と向き合う中、カロリー制限中心の食事療法では、食べる喜びが損なわれている事実に直面。患者の生活の質を高められる糖質制限食に出会い、積極的に糖尿病治療へ取り入れている。
日本内科学会認定内科医・総合内科専門医、日本糖尿病学会糖尿病専門医・指導医・研修指導医、日本糖尿病協会療養指導医、日本医師会認定産業医。『緩やかな糖質制限 ロカボで食べるとやせていく』(幻冬舎単行本)、『糖質制限の真実 日本人を救う革命的食事法ロカボのすべて』 (幻冬舎新書)、『忙しい人こそ知っておきたい 糖尿病がわかる本』(法研)など著書多数。