《医療》は医学的根拠に基づき、患者さまが幸せになる営みでなければならないと考えてまいりました。当センターは患者さまのQOLが向上する食事療法を最新の知見に基づき常に更新しつつ、ご提案しています。
40歳以上の日本人の4人に1人が糖尿病またはその予備軍といわれています。糖尿病はインスリンが十分に働かず血糖値が高くなり、重篤な合併症を引き起こす病気です。合併症の予防には血糖値のコントロールが重要であり、食事療法が不可欠です。
日本糖尿病学会が糖尿病の標準治療をまとめた「糖尿病診療ガイドライン」において、糖尿病の食事療法として2004年発行の初版からこれまで、カロリー制限食が推奨されてきました。一方、アメリカ糖尿病学会は2008年に糖質制限食が体重管理に有効であると認め、2019年より血糖管理に最も有効な食事法として糖質制限食を推奨しています。
そしてようやく日本でも2024年発行のガイドライン第7版より、糖尿病に有効な食事療法として糖質制限食が掲載されました。
2005年、メタボリックシンドロームという内臓脂肪の蓄積が糖尿病を含めた生活習慣病の根であるとする新しい診断基準が策定されました。
日本では女性の肥満は減少しており、男性の肥満の増加も大きなものではありません。しかし、糖尿病は益々増加しています。また、糖尿病患者の半数がBMI25以下で肥満ではないという調査結果もあります。日本においては、肥満だから糖尿病になるという概念は成立しないのです。
カロリー制限食は確かに減量に有効です。しかし、JDCSという日本人を対象とした糖尿病の大規模調査において、摂取カロリーや体格は血糖コントロールに関連がないという調査結果が出ています。カロリー制限をして減量しても血糖値をコントロールすることはできないのです。
2018年にハーバード大学が提唱したカーボハイドレイト・インスリン・モデルは、糖質過剰摂取こそが万病の根であるという概念です。糖質を過剰に摂取すると食後高血糖が起こります。急激に上がった血糖値を下げるためにインスリンが過剰に分泌されると反応性低血糖という状態になります。血糖値が低くなれば飢餓感が起きるので、さらに食べて、また血糖値が高くなります。これを繰り返すと糖代謝異常が起こり糖尿病になりますし、血糖値が高い状態では中性脂肪の合成も増えるため高脂血症も起こります。糖質の過剰摂取を控えて血糖値の変動をフラットにすれば食べすぎが起きることもなく、その人本来のあるべき体重に自然に戻っていくのです。
2023年にコロラド大学の提唱した果糖生存危機仮説は、果糖の摂取が食欲のコントロールを失う原因であるとする説です。糖質のうちブドウ糖は20%を肝臓、80%を筋肉で処理します。ところが、果糖は肝臓で100%処理されます。そのため、果糖を摂取すると速い段階で肝臓内でエネルギー源となるATPという物質が枯渇してしまいます。ATPが低下すると肝臓は、全身のエネルギー状態が足りていても、脳にもっとエネルギーが必要であるという信号を出してしまいます。その結果、脳には強い空腹感がもたらされ、全身の代謝も落ちてしまうのです。
当センターでは2009年からゆるやかな糖質制限食=ロカボを提唱しています。
糖質制限食ではまず食後高血糖を抑えることができます。さらに、胃で分泌されるグレリンという空腹感物質が減少し、消化管で分泌されるGLP︲1やPYYという満腹感物質が上昇して、自己飢餓感が抑制されます。
極端な糖質制限食はLDLコレステロールを増やし、血管の機能を低下させるというデータがあること、また栄養素の偏りや低栄養のリスクが懸念されます。一方ゆるやかな糖質制限食はそうしたリスクはありません。糖質摂取量を朝昼晩の各食事で20~40グラム、さらに間食で10グラムを加え1日70~130グラムに抑えれば、カロリー制限もなく脂肪やタンパク質も好きなだけ食べることができます。
「ロカボ」は私が考えた造語です。ロカボを治療食として導入した当初から、より多くの方に知っていただくため講演や執筆活動を行い、さまざまな企業へアプローチしてきました。その結果、今ではスーパーやコンビニエンスストアなどでも糖質オフ食品が取り扱われるようになりました。
医療は医学を基にして患者さまを幸せにする営みだと思っています。患者さまの人生を台無しにするようでは、医療として不正解だと確信しています。
食事は患者さまのQOLを大きく左右します。糖尿病治療は長期間に及ぶことがあるので、血糖値のコントロールに有効であり、かつ楽しく続けていただけるロカボは、糖尿病患者さまはもちろん血糖値が気になる方にも実践いただけるでしょう。
今後、ロカボ以上においしくて楽しく食べて健康になれる食事法が出てくるかもしれません。その時は日本で一番早くその食事法を提供できる病院でありたいと思っております。
山田 悟(やまだ さとる)
病院長補佐・糖尿病センター長
1994年 3月 慶應義塾大学医学部卒業
4月 同・内科学教室入局
1996年 5月 東京都済生会中央病院研修
1997年 5月 東京都国保南多摩病院研修
1998年 5月 慶應義塾大学医学部内科学教室
腎臓内分泌代謝研究室帰局
2000年 1月 東京都済生会中央病院就職
2001年 1月 慶應義塾大学医学部内科学教室
腎臓内分泌代謝研究室帰局
2002年 1月 北里研究所病院就職
2007年 5月 糖尿病センター長
2008年 4月 法人統合に伴い北里大学北里研究所病院に改称
2013年 11月 食・楽・健康協会設立(兼業)
2021年 4月 病院長補佐(兼務、7月に解務)
2021年 7月 副院長(兼務、2024年7月に解務)
2024年 7月 病院長補佐(兼務)